連関資料 :: 社会
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「病気の社会史」〜文明に探る病因〜 について
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「病気の社会史」~文明に探る病因~ について
この本の中で著者はまず、なぜ病気の歴史を問題とするのか、ということを明確にしている。
「病気は、紛れもなく「私」という人間の病気である。つまり、病気というものが単独にあるのではなく、病気の人間、として存在するのである。病気が人間のものである以上、人間の属している社会の病気であり、文明の病気である。よって社会に文明に歴史があると同じように、病気にも歴史がある。」
と著者は述べ、以下、なぜ病気の歴史を問題にするのかという問いに対する答えをこのように結論付ける。
「病気は文明がつくり、病気は文明を変え、社会を動かしていく。つまり、病気の歴史は、文明、社会の歴史と非常に深くかかわりをもつ。文明の光と影、歴史の明暗を見極めるうえで、ひとつの鋭いレンズとなるのである。」
私がこれまで読んだことのある歴史に関する文章の中に、このように「病気」を主要なファクターとして、文明、社会の歴史にアプローチを試みたものはなかったように思われる。その点、「医学」に関して多少興味があり、この本を手に取った私は非常に本の内容に引き込まれた。
次に、難解な答えの多いアテナイの都市国家が滅びた原因について、誰にでもわかる原因として疫病をあげ、まとまった記録として史上最初のものである、ツキュディデスの『戦史』を用いて、これについて論じている。ツキュディデスの『戦史』中では、戦争中に史上最大の疫病が発生し、戦死者以上に疫病による犠牲者が発生、アテナイの市民達が日常的な感情を失い、ポリスの生活全面に疫病によってかつてない無秩序が広まり、強力な指導者であったペリクレスをも、疫病によって失い、アテナイは滅んでいったことを述べ、また、患者の病態を実見したところをまとめ、主たる症状を記している。そして著者は、ローマの衰退におけるペストの関わり、ナポレオンのロシア遠征における赤痢による影響等を例に挙げ、様々な戦史を丹念に読むのであれば、戦争で直接に死傷した者をはるかに上回る疫病による犠牲者が常に存在していたこと、そしてそれが戦争を大きく左右する重要な因子であった事実を思い知らされる、と述べている。確かに現代より、非常に衛生環境が劣悪であった中世では、戦争で、直接戦場に赴く人々だけでなく戦時下に置かれた人々の多くの体力、気力は途方もなく奪われ、人々が病に侵される危険性は非常に高かったであろう。おおよそ四人に一人が死に、おそらく非常に信心深かっただろうアテナイの人々が、神々の無力さを痛感し、宗教的な埋葬なども施すことがなくなったというのだから、想像を絶する悲惨さであったことなのだろう。
ギリシャのアテナイについて述べたあと、疫病の発生から見た中世、近世の区切りについて語る。そして著者は中世において人々にもっとも恐れられていた病、ライ病(ハンセン病)についてふれる。驚いたことに、ライ病患者は、紀元前から、旧約聖書の中で、モーセの戒律のひとつとして、社会から隔絶されていた。
「歴史を生き抜く社会集団を維持、前進させるためには、神の恩恵の威力圏において、なおこうしたライ者にたいする規制を設けざるを得なかったのであろう。」
と、著者は推測する。当時の人々に絶大な影響力をもつ、宗教によって、健康な人々を守ろうとしたのであろう。健康な人々を守り、生き抜いていくためにはいたしかたのなかったことなのかもしれないが、強制的に隔絶され、おそらく健康な人々に、気遣われることも少なく、汚れたものとして蔑まれ、忌み嫌われることを導いた宗教的な隔絶は、非常に悲劇的なことである。当時
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精神療法及び環境・社会療法について述べよ
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「精神療法及び環境・社会療法について述べよ」
はじめに
精神療法とは、専門的な知識と技術を持った治療者が、患者のもつ心理的困難を治療者と患者の間で展開する職業的関係を通して改善していく接近法である。その接近には、患者を情緒的に支えたり、教育的に接したり、患者の洞察を求めたりする方法がある。 その目的は、①症状による苦痛、不安、葛藤、そのためのハンディキャップ、さらには行動の障害パターンに介入してその解消、軽減、修正をはかること、②家庭や社会などの生活現場の適応法の改善、適応能力の向上、③人格の成熟、精神内界の不安や罪意識の解消のための自己洞察の3つに区分される
精神医学における治療は、身体医療、精神医療、及び環境・社会医療の三つに大別される。このうち身体医療は、薬物治療や電気ショック療法などといった医師のみを行う事ができる身体医学的手法によるものである。精神療法及び環境・社会療法は、医師以外にも行う事のできる人文科学的手法によるものである。
これらの治療法は心理療法や福祉的な援助を行い、症状の軽減や患者自身の潜在的な問題解決能力を引き出し患者自身が独力で社会復帰をできるように手助けするものである。
以下に精神療法及び環境・社会療法について述べる。
精神療法
精神療法とは、専門的な知識と技術を持った治療者が、患者のもつ心理的困難を治療者と患者の間で展開する職業的関係を通して改善していく接近法である。現在は次の挙げるような精神療法が行われている。
(1) 精神分析的精神療法
精神分析はフロイトによって創始された精神療法であり、神経症の病因と治療法に関する理論、ならびにそれに基づく精神構造一般についての理論体系を精神分析という。
精神分析は、種に神経症の患者を対象として週に4日以上患者を寝椅子に座らせて自由に連想を書き溜めて患者の心を分析していく。 適応症を人格障害や気分障害などに広げ、週に2 -3回で、寝椅子を使わない対面法を用いした柔軟な方法での面接で精神を分析していく方法を精神分析的精神療法というのである。
(2)認知療法
認知療法とは、人間の情緒が認知のあり方によって大きく影響を受けることから、極端な認知を修正することによって問題に対処し情緒状態を変化させることを目的とした短期の精神療法である。
治療では、問題の生じる歪んだ認知に気づかされ、宿題が与えられ、ストレス状況で同考えたかを記録し、そのときの悲観的な認知を助長するような無意識の前提を突き止めようとすることである。
(3)行動療法
神経症などの不適応行動は誤った学習の産物であり、治療は学習理論の原理に基づき、その不適応行動を除去し、望ましい行動を条件付けるものである。不適応行動は、そのもととなる原因を洞察しなくても変化すると考えられている。
行動療法は、範囲の限定した行動異常、例えば恐怖症、強迫神経症、大食症、喫煙などに有効である。
(4)森田療法
1920年頃に森田正馬が創始した治療技法で、森田神経質などの神経性障害の患者に用いられる。森田療法は、完全を求めるがために小さな事にこだわって余計に悪くなるという悪循環を断ち切るために、あるがままに症状を受け止めて行うべき事をできる範囲で行っていくというのが根底原理である。
また、優れた治療法として世界に普及しつつあるだけではなく、いわゆる健常社の生き方にも参考になりうるものである。
(5)集団精神療法
集団場面で行う精神療法の総称で、精神分析療法、認知療法、行動療法などさまざまな精神療法の立場から行う事がで
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近代西欧社会の成立とキリスト教
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近代西欧社会が成立するに当たって
キリスト教が影響を与えた例
【 序論 】
私見では、近代社会の成立に大きく関わったと重要な規範文化とでも言うべきものを挙げるとするならば、まず政治的にはヨーロッパ各地において勃発した市民革命の原動力となった人権思想があり、さらに、経済的には資本主義があるのではないかと思う。市民革命はまさに、その激動を経験したからこそ個々の市民は様々な権利を獲得して自立した市民たりうる立場に到達し、資本主義の成立は、古代ギリシアなどにおいては公的な政治活動に比べると一段下のものとみなされていた状況とは異なり、私的領域における経済活動を拡大することにつながった。つまり、そうした過程を経て私的領域が増大したことから、市民社会が成立したと言えよう。
ただ、この時期には宗教改革も重なり、キリスト教、特にプロテスタント派の影響も抜きには語れない。こうした宗教的影響は、近代への転換期においてどのように働いていたのだろうか。
そこで、自分が論じたいのは近代社会を築き上げるうえで重要な役割を果たしたと思われる、資本主義や市民革命成立の下地にプロテスタンティズムが大きく関わっていたことである。前者についてはマックス・ヴェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において述べており、これを参考にして両者のかかわりについて論じたい。後者については、市民革命が進む上で重要な理念となった人権思想にキリスト教的影響が見られるのでそれを軸に議論を進めたい。
【 近代資本主義社会の成立とプロテスタンティズムの関わりについて 】
上述のマックス・ヴェーバーの著書によれば、彼の問題意識は西欧にのみ何故資本主義が成立したのかという所にあった。彼によれば、単なる拝金や利益追求型の営利活動は洋を問わず世界各地に存在するが、その活動に対する特殊な内面的作用の影響を受けた西欧型の合理的精神を有する資本主義は、他地域や全時代の状況に比べるときわめてその性質や成立の背景が特異であるという。
その背景を宗教的見地から述べるならば、16世紀から17世紀にかけてプロテスタンティズムの中でも大きな位置を占めるカルヴァン派やそこから派生したピューリタニズムの禁欲的思想が普及したことが肝要であり、それまでのカトリック教会の支配の下での形式的な信仰活動とは異なる状況が生まれた。そこでは、カルヴァンによる、「人間のために神があるのではなく、神のために人間が存在」し、人間の中でもごく一部の者しか救われないという「予定説」の考えから、来世での救済のために世俗内で禁欲的に、そして、自己を高めるという潮流が生まれる。その際、敬虔な信徒たちは、自己が神からの恩恵を受けるに値するかを各々で厳しく審査し、これが理性的(合理的)精神の涵養に繋がったのではないかと思われる。
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戦後社会福祉の展開と今日の課題について
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「戦後社会福祉の展開と今日の課題について述べよ。」
1945年8月、第二次世界大戦が終了し、敗戦国である日本は、連合国際司令部の指令、勧告の元に民主政治を行わなければならなくなった。戦後の社会福祉はこのようにGHQの指導のもとで始まった。戦後直後の国民の生活は食料、住宅、物資などあらゆるものが不足し、失業者、戦災者、海外からの引揚者、戦地から戻った軍人、浮浪者などすぐにでも生活苦から救済を必要とするものは、全国に約800万人以上と推測された。それにより1945年12月、日本政府は、応急措置として「生活困窮者緊急生活援護要綱」を決定した。
そして1946年2月、GHQは日本政府に対して基本的な公的扶助の原則として、「社会救済に関する覚書」を示した。これが、一般に「福祉四原則」と呼ばれ、戦後の日本の社会福祉を方向付けることになった。「福祉四原則」とは、「無差別平等の原則」「救済の国民責任の原則」「公私分離の原則」「救済の総額を制限しない原則」である。この四原則をもとにまず創られた法律は「(旧)生活保護法」である。しかし、急いで制定された為、法律的にも、実施体制の面においても不備な点が多かった。そのため、憲法25条の『生存権』に基づく「(新)生活保護法」では、国民の側から保護を求める権利が確立され、国民が不服を申し立てる権利も初めて制度として認められた。また「(旧)生活保護法」にあった素行不良の者は保護しないといった不適格者の規定が「無差別平等の原則」に基づき廃止された。児童福祉法により浮浪児、孤児対策が進んだことによって公布され、児童委員や児童相談所が設置された。身体障害者福祉は戦争の結果一挙に増えた為、戦傷病者を救済することを目的とした。
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ゴールドプラン
エンゼルプラン
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社会科の成立と今日までの変遷の概要
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「社会科の成立と今日までの変遷の概要を述べ、その変遷における著しい特徴について説明しなさい」
国定の教科書として「社会科」が設けられたのは、昭和22年、学校教育法が制定されたのに伴い、その施行規則のもとで、「小学校学習指導要領社会科編(試案)」が発足した。そして、昭和26年改訂が行われ、初期社会科は、昭和26年版「学習指導要領(試案)」で完成をみている。昭和26年版では、子ども達に追求させる問題が提示されており、それは、日常生活で見たり、聞いたり、体験することを基本としている。このため、「子供中心主義」と言われ、独自の特色ある教育課程(コア・カリキュラム)が編成された。このようなコア・カリキ
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社会福祉援助の技術と援助過程
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「社会福祉援助の技術と援助過程について」
社会福祉援助技術は、社会福祉援助活動を方法として援助者の立場から専門的行為を具体化した概念で、価値と知識、専門性と科学性に支えられた利用者支援への行動、あるいは方法を展開する能力である。特に、実践に必要な社会福祉援助技術の基本は、勘や経験効率に基づいた人間を操作する行為ではなく、利用者の実態、つまりその人がその人らしく行き、自らの目標とするよりよい生活に近づくことへの支援過程を展開する方法であり、利用者を理解し、ともに課題の解決を追求する専門的で科学的な支援の姿勢や態度、行為や行動の過程そのものである。したがって、社会福祉援助活動の推進方法であると考えられる。
また、社会福祉援助技術という対人援助を中心とした技術は、語源から利用者への深い認識と洞察を意味する言葉である。利用者の特質や真実を把握すること、正確には利用者があるがままに感じ、体験している生活世界を理解し、大切にすることである。そこから利用者の本当の生き方を引き出すことである。そして、本当の自分らしさを回復し、自己実現することへの支援を意味している。これが対人援助技術の真髄であり、そのような利用者の中に潜在している可能性と本当の人生を発見し、それへの前進や成長を可能にし、生きる価値を認識していく支援の方法と過程である。 一般に、ソーシャルワークの諸援助技術は、ソーシャルワークそのものを指す場合が多い。ソーシャルワークの諸援助技術は、大きく直接援助技術・間接援助技術・関連援助技術に分けられる。 直接援助技術は、個別援助技術と集団援助技術から成り立つ。 間接援助技術は、地域援助技術、社会福祉調査法、社会福祉運営管理、社会福祉計画法、社会活動法から成り立つ。 関連援助技術としては、ケアマネジメントネットワーク、スーパービジョン、カウンセリング、コンサルテーションが重要である。 以上の3つに分かれ、それぞれについて詳しく述べていきたい。 1つ目は、直接援助技術で個別援助技術は、利用者がケースワーカーのいる機関をたずねたり、訪問を受けたりして個別に援助を受ける過程である。ケースワークの過程は、ケースワーカーと利用者との対人関係を軸に、4つに展開される。一つ目は、インテークでインテークは、利用者の問題が社会福祉機関に持ち込まれる最初の段階で、機関としてのその問題を取り上げるか否かを決定する。二つ目は、調査でインテークの結果、機関としてその問題を取り上げることが決まると調査の段階に進む。調査は、利用者と利用者を取り巻く社会環境について必要な事実を収集する段階で、事実の収集においては、利用者の気持ちの流れに沿って、利用者自身から情報を収集するのが原則で、他から収集する場合でも利用者の了解を得て行わねばならない。三つ目は、アセスメントでアセスメントは、調査によって収集された事実を整理、分析して援助の見通しがたてられるように解釈していく過程をいう。四つ目は、介入の段階で介入は、近年の積極的な社会福祉実践活動の総称であるが、狭義には個別援助過程での援助計画に基づく処遇の実施段階を意味する。
集団援助技術は、利用者がグループのプログラム活動に参加することで、メンバー間の相互作用の影響を受け、個人が変化をする援助の過程をいう。グループワークの展開過程として、4段階が考えられる。1段階目は、準備期で利用者の問題・課題と、援助の内容を明確である。2段階目は、開始期と利用者個人を集団になじませることから始める。提供する援助活動が利用者の期待・要求と一致したものかど
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間接援助技術
関連援助技術
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社会福祉基礎 学習指導案
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~「社会福祉基礎」学習指導案~
実施日時; 2007年6月12日(火)
学 級 ; 普通科(社会福祉系)
1年A組(女子28名、男子12名)
指導者 ;
<年間計画に関する事項>
1.科目目標
1)「社会福祉」が時代の流れや変化と共に進展し、成り立ってきたことの認識を持たせ、“福祉を増進・発展させよう”とする態度を養う。
2)わたしたちの社会生活・日常の暮らしに「社会福祉」が密接に関連していることに気付かせ“福祉は必要不可欠なもの”という認識を持たせる。
3)「地域福祉」を中心とする実践的計画力(思考力)を育てる。
4)社会福祉に関する幅広い知識を学び、認識を深め、”福祉的価値”を形成する。
2.科目「社会福祉基礎」の教育課程上の位置づけ
1)配当学年・単位数 : 第1学年次(通年)/4単位(週4単位時間)
2)年間授業時間数 : 128単位時間(4単位×32単位時間)
3)必修・選択の別 : 全生徒が必履修で、かつ必修得対象の科目
3.年間指導計画
単元名 指導項目 教科書の該当部分 配当時間 1.私たちの身近にある社会福祉
(1)ライフサイクルを知ろう
(2)日本の社会構造と社会問題を知ろう
第1編の第2章(p.20~31)
第1章 (p.8~19) (16)
8
8 2.社会福祉って何だろう
(1)権利としての社会福祉
(2)社会福祉の理念って何だろう
第1編の第3章(p.32~33)
第2編の第1章(p.40~45) (4)
1
3 3.社会福祉の歩みと展開
~日本と諸外国から学ぼう~
(1)日本における社会福祉の成り立ち
(2)日本における社会福祉の発展
(3)欧州の社会福祉を知ろう
(4)欧米の社会福祉を知ろう
第3編の第3章(p.86~91)
第4章(p.92~97,102~104)
第1章(p.74~81)
第2章(p.82~84) (20)
4
7
6
3 4.保障されている私たちの生活
(1)自立生活を目指して
(2)社会保障って何だろう
(3)最低生活の意味とは
第2編の第2章 (1・2・7・8)(p.46~49,58~61)
第3章 (p.62~72)
第4編の第4章 (p.134~137) (18)
6
8
4 5.母・子と家庭の福祉
(1)児童と母子の権利
(2)保育ニーズと子育て支援
第2編の第2章 (3・4) (p.50~53)
第4編の第1章(1・2・3)(p.106~111)
第3編の第4章 (p.100~101) (12)
6
6 6.障害児・者の福祉
(1)障害児の福祉と教育
(2)障害者の法制度
(3)生活しやすい社会を目指して
第4編の第1章の4 (p.112~113)
第2編の第2章の5 (p.54~55)
第4編の第2章 (p.114~123)
第3編の第4章(p.98~99) (14)
2
2
10 7.高齢者の福祉
(1)高齢者の権利
(2)高齢者福祉の法制度
(3)在宅or施設
第2編の第2章の6 (p.56~57)
第4編の第3章(1・2・5) (p.124~127,132~133)
第3章(3・4) (p.128~131) (12)
1
7
4 8.地域の福祉って何だろう
(1)地域とのつながり
(2)地域の発展を目指して
第4編の第5章(p.138
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方面委員制度
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550 販売中 2007/06/28
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セツルメント運動と社会福祉援助技術について
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「セツルメント運動と社会福祉援助技術について」
セツルメント運動とは、知識人や学生、宗教家たちが、スラム街などの貧しい地域へ移住し、生活に困っている人々を教育したり、自立するための手助けをすることである。
この運動は、1884年のイギリスで、産業革命の後に貧富の差が広がり、都市でスラム街などが形成され、病気や犯罪が増加し、大きな社会問題となっていた。そこで、サムエル・バーネット夫妻がロンドンにアーノルド・トインビーホールを開設したのが始まりである。このトレインビーホールは現在も活動を続ける拠点として、国際的にも象徴的な存在となっている。それ以降英国や欧米各国に広がり、特にアメリカでは18
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セツルメント運動
象徴
アメリカ
歴史
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学習指導要領社会科の変遷
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昭和20年8月敗戦した日本は新しい幕開けとなった。それは教育面でも同じあった。
その中新設された社会科はどう成立、変遷したのだろうか。
社会科の変遷は学習指導要領の変遷から読み取ることができる。
なぜなら指導要領は時代の適応が要求され、特に社会科は現代社会問題の理解、解決能力の育成を目指す教科だから、特に時代に合う必要がある。
そこで本論では社会科の成立と変遷を指導要領改訂の時代背景や中学社会科の内容の変化を通して説明したい。
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社会科教育
指導要領の変遷
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指導要領
550 販売中 2007/08/29
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戦後の社会福祉の展開と今日の課題について
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「戦後の社会福祉の展開と今日の課題について述べよ」
1、戦後日本の福祉的展開
1945年8月15日、第二次世界大戦が終了した。広島、長崎に原爆が落とされ、また東京や神戸は焼け野原となった。そして戦争によって親を亡くした戦災孤児や、引き上げ孤児が浮浪児となって街にたむろし、物乞いをし、また金品を盗むなどの不良行為を繰り返していた。敗戦直後の日本では、食料や生活物資が圧倒的に不足し、先の孤児達や戦災者、戦地から戻った軍人など、すぐにでも生活苦から救済を必要とするものであふれていた。
そのような時代で、GHQ(連合国総司令部)が日本に入り、GHQ主導のもと、戦後の社会福祉が進められていく。1946年2月、GHQは「社会救済に関する覚書」を発表し、日本政府に対して基本的な公的扶助の原則を示した。これは一般に「福祉四原則」と呼ばれた。その内容とは、①無差別平等の原則、②救済の国家責任の原則、③公私分離の原則、④救済の総額を制限しない原則である。日本はこの福祉四原則を基に「旧生活保護法」を施行した。
やがて浮浪児、孤児対策が進んで1947年12月、「児童福祉法」が公布され、児童委員や児童相談所の設置となった。ついで、主として戦争の結果、一挙に増えた戦傷病者を救済することを目的に、1949年12月、「身体障害者福祉法」を制定した。この法律は、身体障害者に対する保護だけでなく、「自立更生」を促すところに特徴がある。
1950年、「(新)生活保護法」が交付、施行された。この新しい生活保護法では、国民の側から保護を求める権利が確立され、国民が不服を申し立てる権利もはじめて制度として認められた。また旧生活保護法にあった、素行不良のものは保護しないといった不適格者の規定が「無差別平等の原則」に基づき廃止された。
戦後制定されたこれら「生活保護法」「児童福祉法」「身体障害者福祉法」を「福祉三法」と呼ぶ。こうして福祉体制の基礎が整えられたのである。
1961年、地域住民の参加による社会福祉推進のため、社会福祉協議会も生まれた。
また当時深刻な問題であった病気と貧しさの悪循環を解決するため、1958年「国民健康保険法」が、翌1959年に老後の不安に対応して「国民年金法」が成立した。そして、1961年には国民皆保険、皆年金体制が実現したのである。
なお、この時代の福祉に関する重大な裁判として、「人間裁判」と呼ばれる「朝日訴訟」がある。これは故朝日氏が厚生大臣を相手に、生活保護では人間らしい生活が出来ないと訴訟を起したものであり、憲法第25条の内容が初めて問われた裁判だった。10年に及ぶこの裁判闘争のなかで、生活保護基準の改定や、福祉の権利保障が進んだ。
1960年代、日本は高度経済成長の時代を迎えた。日本社会は大きく発展し、国民の生活は豊かになった。しかしその一方で、様々な社会問題が発生した。都市部での人口の集中が、それまでの地域社会に大きな変化をもたらした。団地、アパート、マンションができ始めたことによって、隣近所による助け合いや相互扶助が弱まり、核家族化により家族機能も弱体化したのである。
多くの企業が業績を上げる中、経済成長の恩恵を受けられない社会的弱者(高齢者・障害者・母子など)にとっては、逆に生活が苦しくなっていった。このような動きに対応して、1960年「精神薄弱者福祉法」(1999年「知的障害者福祉法」となる)が、1963年「老人福祉法」、翌年「母子福祉法」(1981年、「母子および寡婦福祉法」となる)が制定された。先の「福祉三法」と上記の三つの
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今日の課題
550 販売中 2007/09/21
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社会保障制度の現状と課題について考える
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ー高齢者福祉の新たな価値観に向けてー
少子高齢化が一層進行する中において、社会保障制度を安定的なものとして継続していくためには、高齢者や障害者、女性、若者の就業促進と、制度の担い手を拡大していくことが重要であると思われる。特に高年齢者の就業機会の確保については、高い就業意欲に応えるとともに制度の担い手としての役割が期待される。
(3,795字)
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高齢者福祉
少子高齢化
550 販売中 2018/02/08
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新しくなった
ハッピーキャンパスの特徴
- 写真のアップロード
- ハッピーキャンパスに写真の
アップロード機能ができます。
アップロード可能なファイルは:doc .ppt .xls .pdf .txt
.gif .jpg .png .zip
- 一括アップロード
- 一度にたくさんの資料のアップロードが可能です。 資料1件につき100MBまで、資料件数に制限はありません。
- 管理ツールで資料管理
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